その後も、じりじりと時間は過ぎていった。
いくらクリスマスイブのデートが盛り上がるといえ、普通のカップルなら、とっくに眠りについているだろう。
二回戦、いや、三回戦くらいしたとしても、もう体力の限界のはずだった。
そう考えると、目の前の頭がどうかした女と向かい合っている自分が、なんとも滑稽に思えた。
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一度はそれっぽい会話になりはしたものの、いかんせんそれ以上続かなかった。
俺の方があきれてしまって、それ以上返答を思いつかなくなってしまったのだ。
気まずい無言の時が続く。テーブルの向こう側で、女はまたぐすぐすとしゃくりあげながらスマホを見つめている。
会話が途切れて、気分が元に戻ってしまったようだった。
俺はもうすっかり気が滅入っていた。
これなら、家で一人で抜いていた方がまだマシだ。
それでも、時計の針がもう一回りしようかという頃、俺の我慢にも限界が来た。
退屈のあまり眠気も来ていたし、もうこれ以上、気まずい雰囲気に耐える気がしなくなっていた。
割に合わない。
俺はとうとうしびれを切らした。
割り切って、ギミックなしの誘いをかけてみることにしたのだ。
赤の他人とのセックス自体にさほど抵抗がないのは、さっきの会話でわかっている。
問題は、彼氏との関係が危機的な今、話に乗ってくるかだった。
傍から見ればどうかと思うが、本人が彼氏だけは別格と言っている以上、未練は相当なものだろう。
いくら普段彼女がホイホイ男の誘いを受けているとしても、状況が違い過ぎる。
けれど、断られたらその時はその時だ。これ以上時間を使ったところで俺にはまったく意味がない。
どうせ歩ける距離なんだから、さっさと別れて家に帰ればいい。もともと何もなかったと思えばいいのだ。
「なあ…彼氏、まだっぽいな」
「そうみたい…ぐすっ」
「なんだったらさ、もう今夜は俺とどっか泊まらない?彼氏とはまた会えるだろ」
自分で言ったこととはいえ、どうかしてるセリフだと思った。
まともな女相手なら、こんなことを言ったら平手打ちのひとつくらいは覚悟しなければならないだろう。
そんなセリフなのはわかっていたから、いくら眼前のネジが飛んだ相手でも、素直にうなづくとは思っていなかった。
これできっかけができればいい。見込みがあれば極力うまく話を進めるだけだし、それもなければあきらめるだけだ。
そう思っていただけに、女の反応に俺は逆にポカンとした。
「ぐすっ…うん、そうかも」
「…え?」
「何よぉ…ぐすっ…そっちが言ったんじゃない」
「あ、ああ…」
「でも、ホテル今から取れるかな」
そう言われて、俺は慌てた。
間抜けすぎる話だが、ホテルのあてがないのだ。
人気のなさで有名な連れ込み宿なら一軒知っていたが、あそこは汚すぎる。あれはさすがに、若い女が付いてくるとも思えない。
クリスマスイブにいきなり即アポしたことがなかったから、意識していなかった。
女を探すことに必死で、俺は肝心なことを忘れていたのだ。
言葉を失った俺に、彼女は続けた。
「レンタルルームとかでもあたしはいいけど。でも、今日は苦しいんじゃないかな」
一度乗ってくると、彼女はおそろしく積極的だった。
芯からセックスが好きなんだろう。
それはいいが、場所がないことにはどうにもならない。
レンタルルームでもあの連れ込み宿よりははるかにマシだったが、彼女の言う通りならどちらにせよ入れるかは際どいところだろう。
そこまで考えて、俺はふと思いついた。
さっきまで、帰ろうと考えていた場所。自分のアパートだ。
もっとも、思いつきはしたものの少し俺は躊躇した。このあからさまにアレな女に、自宅を教えていいものか。
下手したらトラブルになりかねない。けれど、性欲の方がまさった。
「よければだけど、俺の自宅とかどう?」
「あれ、歩けるの?」
「ああ、少し遠いけど、それでよければ」
「なーんだ。それなら、全然問題ないじゃない」
あっけらかんと、彼女は俺のアパートに来ることを承諾した。
「へえ…綺麗にしてるんだね」
「掃除は好きなんだ」
「そんなこと言ってえ。いつ女の子連れ込むかわかんないからじゃないの?」
「…」
別にそんなことを考えて掃除しているわけではない。
本当にセックスのことしか考えてない子なんだなというのが感想だった。
ただ、決まった彼女を俺は作ったことがない。
それに、自宅に女を連れ込んだのは、これが初めてだった。
それだけに、自室に女がいるという事実が、思いのほか新鮮だった。
自室といえば一人で過ごす場所というのが当たり前だったのだ。
「まあ、それはいいや。食べようよ」
コンビニで売れ残っていたターキーとシャンパンを、彼女は手早くテーブルの上に広げた。
「どうせエッチするだけなんだから、ここまですることもなかったのに」
「それはそうだけど。でも、せっかくのクリスマスだしね」
ここに来る途中に彼女が買おうといったものだ。
彼氏に振られたであろう彼女としては、気分だけでも盛り上げたかったのだろう。
もっとも、彼女は一旦話が決まると、彼氏のことは一切口にしなくなった。
夜道を歩いている間は時折しゃくりあげてはいたが、口にすることはクリスマスネタとエロ話ばかりだった。
慣れているせいだろうが、他の男の話がいかに場を盛り下げるか、わかっているようだった。
彼女としても、その場限りとはいえ、セックスする以上はしっかりセックスを楽しみたいのだろう。
気持ちの切り替えっぷりは感心するほどだった。
これが女が強いと言われる理由なんだろうか。
「じゃ、乾杯」
「ああ。乾杯」
ぐいっと飲み干しながら、二人で七面鳥をつつく。
「ああ、やっとクリスマスって感じー」
彼女はそう言ったが、いざ二人でテーブルを囲んでみると、これはこれで俺としても悪くなかった。
初対面のアレな女の子とはいえ、こうやって二人で一緒に食べていると、どこか温かい気分になる。
家庭的というと言い過ぎかもしれないが、そんな感じに近い。
俺は少しの間だけだったが、セックスのことを忘れそうになった。
とはいえ、なまじそういう雰囲気だけに、ときどきこれからすることを思い出すたびに、余計に淫靡な気分になった。
量はそんなに多くなかったから、ちびちびと飲み食いしているうちに七面鳥とアルコールはあっさりと俺たちの胃袋に収まった。
「ふう、落ち着いたね」
「ああ、意外に腹、膨れるもんだな」
「お腹いっぱいだからって、やる気なくしちゃ困るよ?」
流れから言って、やる気というのは性欲のことだろう。
「もちろん。それが目的だしな」
「うふふ。スケベ」
「あんたもだろ」
さっきあれだけ呆れた相手だったが、本性がわかっているとかえって気が楽だった。
むしろ、ちゃんと話してみると、男関係のズレ具合はさておき、それ以外はただの気さくな女の子という感じだ。
喫茶店での悪印象はどこかにいってしまい、俺はすっかりいい気分になっていた。
すっかり眠気ももう飛んでいたし、あとはやることは一つだ。
「お風呂、入る?」
「一応洗ってからの方がいいんじゃないか、そっち的にも」
「うん、まあね」
ひと風呂浴びたあとのことを考えて、俺が早くもムラムラし始めたときだ。
「あれ、アロマなんて使ってるの?」
部屋の隅に置いていたアロマポッドに、女は興味を示した。
「ああ。割といいぜ」
「そうなんだ。興味はあるんだけど、あたし使ったことないんだよね」
「やってみりゃいいのに。心が落ち着くやつとか、すっきりするやつとかあるしな」
「あ、それ聞いたことある」
そう言いながらも、彼女は四つん這いでアロマポッドに近づいていく。
実物を見たのははじめてだったのか。かなり物珍しそうだった。
まるで、毛玉にじゃれる猫のようだ。
ただ、彼女のその姿は動物的な可愛さ以上に、エロかった。
後ろから見ると、あのリボンだらけのワンピースは、想像以上に丈が短かった。
身体を曲げたことですっかりずり上がり、下着が少しだけだが見えている。
白いパンティ。
やはり、クリスマスのイメージに合わせたんだろうか。
少しだけだが、そこまでしてフラれた彼女がかわいそうになった。
自業自得とはいえ、それだけ彼氏に思い入れはあったんだろう。
ただ、その同情も、彼女の格好をみているうちに性欲にとってかわられていった。
俺は一心にアロマポッドに見入っている彼女の後ろから、じわじわと距離をつめていった。
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