大学のサークルみんなで卒業旅行に行こう。
そういう話になったのは、卒論の提出も押し迫った12月のことでした。
ただし、それは普通の卒業旅行ではなかったんです。
スポンサードリンク
わたしたちのサークルは、部室も専用ではなく、他のサークルと同居という小規模なところでした。
文化系だったこともあって、集まった人たちもおとなしい人ばかり。
だから、学内では全く知られていませんでした。活動も、部内のみんなで細々とやってきたんです。
こういうと地味な印象しかないと思いますが、その分似たような人たちばかりですから、居心地はよかったです。
もともと10人いないようなサークルですし、嫌いな人なんて一人もいなかった。
それはみんな同じだったと思います。
ただ、そういうサークルだけに、みんな恋愛には遅れていました。全員が全員、未経験だったんでした。もちろん、わたしも含めてです。
これだけ仲がいいんだから部内恋愛のひとつくらいあってもおかしくなかったのに、一度もそういうことはありませんでした。
だからといって、興味がなかったわけではありません。むしろみんな興味深々でした。
それどころか、かなりのコンプレックスを持っていたんです。
雑誌などを見ても恋愛記事ばっかりですから、いい気持ちはしない。そういう人たちのあつまりだったんです。
そんなわたしたちにとって、サークル活動中は別として、総合大学という場所は全体的に見ればあまり心穏やかでいられる場所とは言えませんでした。
大規模な学校が恋愛スポットのような一面を持っているのは事実ですから。
毎日は楽しかったですが、それでも周りでイチャイチャされたりするたび自分たちとの違いを見せつけられるようで、わたしたちはつい、無言になってしまうのが常でした。
特に、わたしたちと同じ部屋を間借りしていた、もう一つのサークルの存在がわたしたちにはとてもつらいものでした。
彼らも文化系ではありましたが、わたしたちとは正反対の人たちだったんです。
男性も女性も自由奔放そのもので、恋愛も盛ん。もちろんエッチに関しても大胆で、一度なんかは部室で始めたところに出くわしてしまったことさえありました。
あのときはさすがに、そのあとお詫びといってお菓子を差し入れしてくれましたけど、それでも全員がジト目になったものです。
そんなわたしたちでしたから、4年間が終わるころには、恋愛コンプレックスが頂点に達していました。
サークル活動への満足感はありましたが、そういう話がちらっとでもでただけでみんな暗い雰囲気になってしまうことも増えてきたんです。
それに、これまではほとんどの時間を、悪く言えば同類同士だけの蛸壺のような環境で目をそらしていられたけど、それがなくなったら…。
卒業旅行の話が出たのは、そんな時でした。
もっとも、それは魔がさしたとしか言えませんでした。
最初は、単なる冗談からだったんです。
「なんとかさ、卒業前に童貞捨てたいよなあ」
「わたしだってそれは同じだよ…」
「いっそ、みんなでヤっちゃうか?全員まとめて片がつくぞ」
「えー、なによそれ。ありえない…」
これが3年くらいまでだったら、冗談として流して終わっていたと思います。
でも、残念ですが、それでは終わらなかった。
なにしろ恋愛やエッチに関する不満がこれでもかと溜まっているみんなです。
それだけに、社会に出て現実を思い知らされる前になんとかこんな劣等感は捨ててしまいたい、が本音だったんです。
ただの冗談は転がりに転がって、とうとう卒業旅行でみんなで初エッチしちゃおうという話にまでなってしまったんです。
経験がないと暴走しやすいというのはどんなことにも言えることですが、わたしたちはまさにその典型でした。
年明けになり、卒論提出も試験も終わりました。
学校に出てこない人も多くなり、キャンパスにものんびりした空気が漂っていました。
ただ、わたしたちはそれどころではありませんでした。
話題も、もちろん卒業旅行のことです。
「ねえ…怖くない?」
友人の一人、Sちゃんが話しかけてきました。小柄で気の弱い彼女は、やはり不安になっているようでした。
わたしは自分を励ます意味も込めて言いました。
「大丈夫よ。みんなしてることなんだし」
「痛いのかなあ、やっぱり…」
「それはわからないけど…でも、大丈夫だよ。いざとなったら何とかなるわよ」
よくもまあ、経験もないわたしがこんなことを言えたものだと今なら思います。
でも、そうでも言わないと、わたしも怖くて仕方なかったんです。
Sちゃんはそれで、ほっと顔をほころばせました。
「そうだよね。みんな…一緒だもんね」
そんな話をしていると、男子の一人、A君が話しかけてきました。
遊びに行くときとかはだいたいわたしか彼が参加確認や予約とかをとるのがお決まりです。
「あのさぁ、あの件、どこのホテルにする?」
もちろん、わたしたちが全員でくんずほぐれつしても大丈夫そうな、という意味です。
「うーん、普通のホテルじゃ無理かなあ、やっぱり」
「俺だってわからないけど、多分無理なんじゃないか?どう考えたって怒られるだろ」
「じゃあさ、その…エッチする日だけ、ラブホに泊まったらどうかな」
「ラブホかあ…まあ、探せばあるだろうけど、入れてくれるのかな、こんな人数」
「最悪、人数分の部屋借りるって言ったらどうかな」
「高くつくなあ、でも、それくらい仕方ないか…まあ、当たってみるから」
ラブホ、という言葉の響きだけで、内心、わたしはドキドキしていました。
多分、A君や、そばで聞いているSちゃんだって同じだったと思います。
余裕ぶって話してはいましたが、それはただの格好つけでした。
その後の話は、普段みんなで遊びに行く時とさほどかわらない手続き的な話でした。
でも、その時に限っては、その意味合いは全然違った。
ひととおり打ち合わせたあと、A君はすこし緊張した顔をして、つぶやきました。
「現実感ないよな、あと一週間だぜ」
「…やっぱり?」
「そりゃそうだろ…」
「…でも、する以上はいい形で済ませたいよね。みんな」
「まあな。お前、俺の相手、してくれるか?」
「いいよ。体力残ってたらね」
「俺、悪いけど体力あるぞ。鍛えてるからな」
「あなたじゃない。わたしのほうの話」
「ああ、そういう意味な…Sちゃんは?」
「いいよ…でも痛くしないでね」
いい人でした。
すこし冗談っぽい口調で話してくれるので、緊張がほぐれるんです。
わたしもSちゃんも、つい笑ってしまいました。
もちろんわたしたちみんな、話がでたあとは散々悩んだものです。
やっぱりやめようよ、という話になったことも一度や二度ではありません。
でも、この頃にはもう誰も、そんなことを言い出す人はいませんでした。
もちろん、それが非常識なことだというのは百も承知でした。
でも、このままいけばいつはじめてを捨てられるのか、まったく見通しが立たないわたしたちです。
そんなわたしたちが、恋愛感情こそないとはいえ、気心の知れた信頼できる相手で劣等感まで捨てられるんだから、素晴らしいことなんじゃないだろうか。
他のみんなはわかりませんが、私はそう理屈づけしていました。
あっという間に出発の日がやってきて、私たちは旅立ちました。
初エッチの日は最終日。それまでにせいぜい気分を盛り上げておこう。そういうプランでした。
観光地の数々は、確かに素晴らしいものでした。
最近の卒業旅行というと海外に出る人が大多数みたいですが、国内だってそんなに捨てたものじゃありません。
普段遊びと言っても近場で済ませるばかりだったわたしたちにとって、その景色は新鮮そのものだったんです。
でも、それを心から楽しむことはできませんでした。
最終日の大イベントでわたしたちの心はいっぱいで、目の前の景色の美しさにまったく集中できなかったんです。
プランとしては、明らかな失敗でした。
それでも、とうとう最終日はやってきました。
その日は夜に備えて移動も控えめにしていました。
朝もゆっくり休んでから、わたしたちはホテルを出ました。
「今夜だね」
「うん…」
「そうだな」
Sちゃんも、A君が、静かに返事を返してきました。
他のみんなも、無言でうなづきます。
夜になるまでの時間は、すごく長く感じました。
ラブホテルは、A君があらかじめ予約を入れてくれていました。
やっぱり、人数分は部屋を借りて欲しい。それからあとのことは、他のお客さんの邪魔さえしなければ何も言わないから。
電話の向こうで、ラブホテルのフロントさんはそういったらしいです。
入ったことはありませんでしたが、やっぱりああいうホテルは名目上は定員2名なんでしょう。
ただ、それを承諾したら、フロントさんの対応はいたって好意的だったそうです。
平日でしたし、もしかしたらお客さんが少ない日だったのかもしれません。
ただ、はじめてのラブホテルを見上げながら、わたしたちは立ちすくみました。
わたしの頭の中には、これまでみんなで過ごした4年間が、まるで走馬燈のように流れていました。
こんなに気の合う人たちと、これから先、出会えることなんてあるかわからない。
そんなみんなと、これから…
身体が小刻みに震えてくるのが分かりました。
「…いよいよだね」
わたしは、昼間から何度言ったかわからないセリフを、もう一度つぶやきました。
「…そろそろ入ろうよ。ここにこうしていたって仕方ないんだし」
Sちゃんのその声は、何故か、どこか投げやりに聞こえました。
スポンサードリンク